Out of Office サラリーマン週末旅行記録

とあるサラリーマンの週末旅行記&搭乗記。2022年より米国在住。

5日目:ルフトハンザ航空 LH914 フランクフルト〜ロンドン(LHR) エコノミー

ポーランドから着いてイギリスへの乗り継ぎなので、ここフランクフルトではまずは出国審査から。標識に従って道なりに進むとそのまま出国審査場へとたどり着きました。EUパスポートでは無いので有人ブースを経由する必要はありますが、幸い大した混雑は無し。

午後の早い時間は北米便が大抵出発し終えたあとは比較的空いている時間帯の様子で、出発便も少なめ。embarque、ゲートオープン、登机口开放など各目的地別の言語でステータスが表示されているのは、言語フリークとしては注目してしまいます。

ロンドン行きまではまだ2時間半以上あるので、とりあえずこちらのラウンジへ。なぜかビジネスクラス乗客よりもスターアライアンスゴールドメンバーの方が格上のラウンジを使えるという謎運用のルフトハンザセネターラウンジです。

便の少ない時間帯ということでラウンジ内部もこの通り閑散とした様子。

ソファーエリアにもほとんど誰もいません。

いつもだったら誰かが寝そべって使っていそうなロングソファも使いたい放題でした。

メシはビュッフェ形式でこんな感じ。一応ルフトハンザのハブ空港でシェンゲン域外線向けということで旗艦ラウンジではあるはずなのですが、それを考慮すると少々物足りない気も。

とりあえずこんな感じで適当にもらってランチは済ませました。エコノミーからエコノミーへの乗り継ぎということで機内での食事には一切頼れないので。

今回搭乗するロンドン行きの便は16:00発なのですが、搭乗券に表示された搭乗開始時刻は15:00。流石に早すぎるだろという感じではあるのですが、ラウンジにいても暇なので15時に合わせてゲートに向かってみることに。そうすると既に何やら行列が出来ていました。

何かと思いきや、搭乗客全員に対して、英国でのビザや帰国航空券といった必要書類の確認が行われていました。英国便全てでこのような対応をしているのか抜き打ち検査なのかは不明ながら、英国の入国管理の厳しさが垣間見えました。私はロンドンから先は別切り航空券での乗り継ぎがあるので、それを見せてOK。書類確認済みという紙を受け取り、これを搭乗時にゲートスタッフに渡すという運用です。

ということで、書類チェックが終わると搭乗まではやることが無くなりゲート前で時間をつぶします。今回搭乗予定のA320neoは既にゲートにて待機中。

15:30頃に搭乗開始。乗り継ぎの乗客を待っており、ドアクローズは16:16と定刻より幾分遅れました。

混雑空港ですがこの時間帯は離発着も少なく、16:27には離陸。ウイングレットに描かれているルフトハンザのロゴは、世界のエアラインの中でも屈指の良いデザインだと個人的には思います。

ちょうど午睡の時間ということで離陸後はすぐに寝落ちし、1時間ほどでもうロンドン上空。

ロンドン中心部は晴れ間が覗いているようでしたが、ヒースローは雨。ルフトハンザグループの機体がずらっと並ぶターミナル2に到着です。

 

5日目:ルフトハンザ航空 LH1363 クラクフ〜フランクフルト エコノミー

クラクフ空港へはクラクフ中央駅から直通電車でアクセス。空港線の発着は3番プラットフォームで固定されているらしく、飛行機マークも付いているので乗り間違えることは無さそう。

11:15発のフライトに乗るため、9:06発の電車に乗ることに。運行は基本的に30分間隔のようでした。空港までは20分ほど。

運賃は20ズロチ(=約800円)。チケットはオンラインで事前購入しておきました。

空港に到着。欧州内の短距離線が大半を占めているせいか、若干空港よりも鉄道駅のような雰囲気があります。

ルフトハンザのカウンターでチェックイン。同じLHグループのオーストリア航空、スイス航空と共用のカウンターですが、この通りかなり空いていました。オンラインチェックインで済ませる乗客が多いのでしょう。

チェックインカウンターと違い、保安検査はなかなか混雑している様子です。混雑度は8段階で上から2番目、通過にかかる所要時間は30分とのこと。

そういう時に役立つのがこちらのファストトラック。今回はエコノミークラス搭乗ですが、スターアライアンスゴールドのおかげでこちらのレーンを利用できました。

欧州内フライトなので出国審査は無く、保安検査を抜けたらすぐに出発ゲート前のエリアに出ます。搭乗開始まではラウンジへ。

ラウンジは2階建て構造。上はワークスペースが少しあるくらいで、基本は下の階で過ごすことになりそうなレイアウトです。

ミールコーナーはサラダがあったりしますが、全体的には物足りないラインナップ。まあ短距離線中心の地方空港と思えばこんなものでしょうか。

ホットミールはソーセージくらいでした。朝だからなのかもしれませんが、ちょっと殺風景。

ちなみにアルコールは朝からセルフサーブで提供されているようです。

サラダだけ軽くいただいた後は、下のフロアの最奥にあるリラクゼーションエリアへ。リクライニングチェアがいくつか並んでおり照明も少し暗めに設定されていたので、出発まではここでのんびりして過ごしました。

出発時刻の30分前にゲート前に行くも、まだ搭乗は始まっておらず、PLEASE WAITの表示。

ちなみにルフトハンザは搭乗順をプライオリティ→窓側→中央→通路側という順序で案内しているようでした。ドイツのキャリアらしい非常に効率的なオペレーションです。

定刻の15分ほど前になってやっと搭乗開始。スターアライアンスは他社上級会員に厳しいのか、ゴールドでも非常口等の足元が広い座席は指定できず、一般シートに収まります。隣りの中央席が空席だったのがせめてもの救いでした。 

隣りで搭乗しているライアンエアは、いつも通り搭乗ブリッジを使わずコスト削減中。欧州LCCに乗る際は、傘を預け荷物に入れないように注意しましょう。

搭乗はスムーズに終わり、そのままさっさと離陸。翼のせいで下界があまりよく見えないハズレ席でした。

離陸後は機内Wi-Fiをチェック。Connect now for freeとの記載があったので少し期待しましたが、残念ながら無料なのはMessage機能だけでした。ということで1時間ちょっとの短距離線ですしマップ機能だけで我慢することに。

エコノミーということで機内サービスは期待していませんでしたが、水のボトルは配られました。

そして自社ロゴ入りパッケージのチョコレートも。裏を見るとLindtのロゴも入っていたので、一応コラボ商品のようです。

個人モニターも無いのでフライト中はひたすらiPadで時間をつぶし、1時間ほどでフランクフルトに向けて着陸態勢に。欧州屈指の金融街フランクフルトですが、こうしてみると小さな街です。

着陸。アサインされたのはなんとバスゲートでした。

まあでも特に着陸時はゲートから先の空港によっては延々と続く徒歩区間をパス出来ますし、このように機体をじっくり眺めることも出来るので、バスゲートも実は嫌いではありません。

 

5日目:アウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館見学

クラクフに来たのは、昔からずっと来てみたかったアウシュビッツ強制収容所跡を訪れるため。アウシュビッツの最寄駅であるオシフィエンチム(Oświęcim)までは鉄道で向かいます。

クラクフ中央駅は少し造りが特殊で、プラットフォーム番号と線路の番号が別々に割り振られています。例えばここは2番プラットフォームの3番線と5番線。慣れるまで少し混乱させられました。

この区間は普通の通勤路線。平日朝の下り線なのでかなり空いていました。乗車券は事前にオンラインで購入済み。

75分かかって9:00にオシフィエンチムに到着。

オシフィエンチム駅からアウシュヴィッツ博物館までは住宅街を歩いて20分ほど。晴天かつ良い気温で、ちょうど良い散歩です。

徒歩ルートの途中には、このようなアウシュヴィッツ犠牲者の集団墓地も。収容所跡だけではなく、その周囲にも色々とこうした史跡は残っているようです。

アウシュヴィッツ博物館に到着。

ここの博物館は自由見学も可能なものの、基本的には公認ガイド(現地ではEducatorと呼ばれています)によるツアー形式が推奨されています。ということで、エントランス前でガイドさんと待ち合わせ。

公認ガイドは英語、ポーランド語をはじめとして各国の言語に対応していますが、その中で唯一の日本語ガイドとして活躍されているのが中谷剛さん。知り合いからも非常に良いとお勧めされていたので今回は中谷さんにガイドをお願いしました。9:50に集合して早速ツアーに出発。

まずは有名なARBEIT MACHT FREIの門を抜けて、旧収容所の敷地内へ。

敷地内には当時の建物がそのまま残っており、それぞれの建物の中が展示スペースになっていいる構造でした。アウシュヴィッツは元々ユダヤ人収容所として建てられたわけではなく、最初はポーランド人政治犯の収容施設だったとのこと。

それが、徐々にこのようにナチス支配下の欧州各地から連れられてきたユダヤ人の強制収容所へと変化して行きます。

そしてここに収容されたユダヤ人たちは、次々とガス室送りにされて行くわけです。ショッキングだったのは、ガス室で殺害された後の遺体の運搬や焼却などの処理は、ドイツ人ではなくユダヤ人が担当していたということ。ドイツ兵の精神的負担や罪悪感を減らすためだったとのことですが、初めて知る事実でした。

大人用から子供用まで、犠牲者が履いていた無数の靴。ここで大量死があったことの何よりの証拠です。

そして数多くの義足も。これはユダヤ人だけではなく、障害者等も迫害の対象になっていたことを如実に表しています。

実際、ユダヤ人や障害者以外にも、ポーランド政治犯、ロマ、ソ連兵捕虜、同性愛者、エホバの証人など、様々な集団がここに連れられてきていたのは事実なようです。その人々をこのように別々にマーキングして異なる扱いをすることで、収容者同士の連帯感が生まれないようにしていたという話。

実際のマーキング用ワッペンも残っており、これがこの場所で本当に起きていたことなんだと否が応でも感じさせられます。

続いてガス室へ。毒ガスの吹き出し口が壁の上の方に見えます。

その隣には火葬場。どちらも当時実際に使われていた建物・設備です。

続いてバスに乗って移動し、有名な鉄道引き込み線へ。ヨーロッパ各地から運び込まれたユダヤ人はここで貨車から降ろされ、即ガス室送りか労働力として使えるかの選別を受けたわけです。

当時を象徴するような貨車も1台展示されていました。この1台に多いときには80人前後もの人々が詰め込まれていたとのこと。

こちらもガス室の跡。ナチスの敗色が濃厚となりこの地域にもソ連軍が迫った際に、証拠隠滅のためにナチス側が自ら爆破したそうです。

当時はこのような設備だったそう。ユダヤ人たちはAから建物内に入り、シャワーを浴びると言われCで服を脱ぎ、Dのガス室で殺害、そしてFで焼却され、Gの煙突から煙が立つという流れ。なかなか想像するのは難しいですが。

見学を通して中谷さんが仰っていたのは、ホロコーストはヒトラーだけの責任では無い、ということ。確かに、ナチ党は民主主義のドイツにおいて選挙を通じて政権を獲得したので、元々は国民に選ばれた政権だったわけです。元祖ポピュリストとも言えるヒトラーの暴走に対して、声を上げなかった民衆の責任も問われているのだと感じます。

そして、それはドイツ国民に限った話では無いということ。他の参加者から、ユダヤ人はなぜナチス支配地域から逃げなかったのかという質問が出ましたが、それに対する中谷さんの答えは「当時はユダヤ人を難民として受け入れる国が無かった」とのこと。確かに欧米諸国にも反ユダヤの偏見は普通に存在していた時代ですが、今の日本と重ね合わせても考えさせられる話でした。

ツアーは3時間半ほどで終了。噂に違わぬ満足度の高い中谷さんのツアーでした。

 

4日目:ヴィソケータトリ〜クラクフ 陸路移動

ゲルラホフスキー峰から無事下山した後は、ヴィソケータトリの中心街であるスタリースモコヴェツ(Starý Smokovec)へ。鉄道駅を中心にホテル、飲食店、スーパーなどが並んでおり、前日に訪れたシュトゥルブスケープレソ(Štrbské Pleso)と並んでタトラ山麓の中ではハブとなる街です。

とりあえず適当なレストランに入り、無事の下山を祝してビールで1杯。500mlで3.2ユーロはさすが東欧プライスです。

元々は下山時刻が読めなかったので、スタリースモコヴェツを8:20pmに出発するクラクフへの直通バスを予約していました。ただ、まだ2:00pmということでそれまではかなり時間があります。ということでルートを変更して鉄道とバスの乗り継ぎでクラクフへ向かうことに。

まずはスタリースモコヴェツから、タトラ電気鉄道でシュトゥルブスケープレソを経由してシュトゥルバ(Štrba)へ。ここまでは乗り放題チケットが使えます。

続いて、シュトゥルバからは国鉄に乗り換えてルジョムベロク(Ružomberok)へ。ここの乗り継ぎは接続があまり良くなく、40分ほどシュトゥルバの駅で待ちました。

この区間はコシツェとブラチスラバを結ぶ幹線路線の特急ということもあってか、満席に近い乗車率でした。運行は定刻通りで、45分でルジョムベロクに到着。

ルジョムベロクからはバスに乗り換え。ここも駅前にバスターミナルがあるので乗り換えは簡単です。バスは17:25発なので、1時間弱ほどベンチに座って待機します。

先日と同じFlixBus。ザグレブ始発でブダペストを経由しクラクフへと向かう長距離バスの最終区間でしたが、幸い隣りは空席だったので快適な移動でした。

ルジョムベロクからクラクフは途中停留所の無い直行便。時刻表通りだと2時間45分ということで、出発して1時間ほどのポーランドに入ったあたりで一度トイレ休憩がありました。

20:00、流石に暗くなってきたクラクフのバスターミナルに到着。さすが大都市なだけあって、夜でもかなり賑わっているターミナルです。こちらも鉄道駅に隣接。

この日は元々23:00頃の到着を予定していたので、バスターミナルからすぐ近くの宿を予約していました。Booking.com経由での予約でしたが、ホテルというよりは民泊のようなところで、WhatsAppで管理人と連絡を取って無事チェックイン完了。民泊だと冷蔵庫・電子レンジ・キッチンなどの設備が整っていることが多いので、ささっと食事を済ませたい時には助かります。

 

 

4日目:ヴィソケータトリ滞在 (3) スロバキア最高峰・ゲルラホフスキー峰登山

この日はタトラ山脈の最高峰でありスロバキアの最高峰でもあるゲルラホフスキー峰(Gerlachovský štít)への登山。テクニカルな岩場が多く登山にはガイド同伴が必須となっているため、事前にガイドを予約する必要があります。まだ朝早い5:45に宿の前でガイドと合流して行動開始。

トレイルのスタート地点は、タトラ山脈の中腹にあるスリエズスキードム(Hotel Sliezsky Dom)という山岳ホテル。まずはホテルの送迎車に乗ってそこまで移動です。送迎車は事前予約が必須なようですが、その辺りはガイドが手配してくれました。

20分ほどの乗車でスリエズスキードムに到着。この先トレイル上にトイレは無いので、必ずここで行っておきましょう。

こちらがホテルに飾ってあった周辺の航空写真。真ん中の赤と緑のトレイルが交差するあたりにあるのがこのホテル、そして目指すゲルラホフスキー峰は向かって左側に聳えるピークです。ガイドなしでの入山を認めていないのに勝手に入るハイカーを防ぐためか、ゲルラホフスキーへのトレイルは記載されていませんでした。

ちなみに、このホテル自体は設備も綺麗でなかなか立派。本格登山で無くとも、ここをベースにして宿泊しながら周囲のトレイルを楽しむという過ごし方もできそうです。

6:30、ホテルを出発してトレッキング開始。まずは正面に見える滝を右側から巻きながら登っていきます。

振り返ると下界は雲海が広がりますが、その上は快晴。昨日とは打って変わって絶好の登山日和です。

6:50頃には通常トレイルを外れ、ゲルラホフスキー峰へのアタックルートへ。正面に見える岩壁にアタックするとのことですが、どこにルートがあるのかという感じです。

もう少し近づいてよくよく山肌に眼を凝らすと、先行しているパーティーが見えました。確かにこれはガイド必須にするのも納得。

私達もザイルでしっかりと繋がり、ヘルメットを装着してアタック開始。この急斜面をひたすら直登していくようです。

1時間ほどでこの直登は攻略。9:05に峠を越えて反対側の斜面に出ると、次はこの切り立った岩場をトラバース。なかなかスリリングなルートです。

上から下を覗くと、切り立っているのが明確でより高度感があります。高所恐怖症の人向けのルートではありません。

8:50、ピークに向けた最後の登り。

8:58、無事山頂に到着しました。

スロバキア最高峰であるゲルラホフスキー峰の標高は2,655m。スタートしたホテルが約1,600mだったので、ほぼ1,000mの標高差を稼ぎました。

山頂には十字架が一つ。

山頂から眺めるタトラ山脈の山々。いくつもピークが連なっており、中央ヨーロッパでは屈指のトレッキングスポットとなっているのも納得です。

切り立った岩場にある山頂なのでゆっくり休める平らな場所は無し。10~15人ほど集まると手狭になってしまうほどのスペースでした。

30分ほど頂上で過ごして、9:25に下山開始。帰りは別ルートを降りて行くのですが、こちらもなかなかの傾斜。この谷をそのまま真下に降りていくコースです。

とっかかりが無い垂壁部分にはこのように足場が設置されていますが、身長の高い欧州人仕様になっているためか、アジア人の私には足が届かないような距離感が多く、少し苦労させられました。

10:15、50分ほどかけてようやく急傾斜を降りきり一呼吸。ここでガイド無しでこちら側から登ろうとしているドイツ人の若者2人組と遭遇したのですが、彼らもこの傾斜を見て流石に諦めたようでした。

休憩しているとタトラシャモアの群れに遭遇。タトラ山地の固有種ですが、ガイド曰くこの辺りではそんなに珍しくはなくよく見かけるそう。

10:50、バチゾフスケー湖(Batizovské Pleso)の横を通過。

ここの湖畔で一般トレイルに合流します。

ここから先は、スタート地点のスリエズスキードムまであまりアップダウンの無い歩きやすい道でした。

11:35、スリエズスキードムに帰還して無事トレッキング終了。

帰りの送迎車は人数が揃ったら出発とのことでしたが、待ち時間20分ほどで頭数が集まったようで発車。12:30には下界に戻ってきてトレッキング終了です。

3日目:ヴィソケータトリ滞在 (2) ポプラトタトリからスピシュ城

タトラ山地でトレッキングをする予定が、天気が優れなかったため午前中でトレッキングは切り上げ。午後は予定を変更してポプラトタトリのバスターミナルへやって来ました。

目指すのはスピシュ城。巨大な中世の城跡が丘の上に建つ、スロバキアを代表する世界遺産です。スピシュ城の最寄りの町であるスピシュスケーポドフラディエ(Spišské Podhradie)までのバスはプラットフォーム1番から。それにしてもスロバキアの地名は長くて覚えづらいものが多く発音も難しくてなかなか難儀でした。

スピシュスケーポドフラディエ行きのバスは1時間に1本ほど走っており、この日は12:50のバスに乗車。運賃3.5ユーロはバス車内でクレジットカード払いが可能でした。

1時間ほどバスに乗ると、左前方の丘の上に一際目立つ古城を発見。RPGの舞台さながらの雰囲気を持つスピシュ城です。

ということで、14時にスピシュスケーポドフラディエの町に到着。町の中心からも背後にスピシュ城を覗き見られます。

まずは観光案内所で情報収集、と思ったのですが何故か鍵が掛かっていて中に入れませんでした。扉に貼られた開館時間案内には土日含め毎日9:00-16:00オープンと書いてあったのですが、あてになりません。

観光案内所の窓に、鉄道運行の案内を見つけました。この町はバスでしかアクセスできないと思っていたのですが、夏の時期だけ運行する観光鉄道があるようです。ブラチスラバ〜コシツェを結ぶ幹線ルートとの接続駅まで1日4往復の運転があるようなので、帰りはこれを利用することに。

さて、まずはスピシュ城へ。町の中心からは歩いて20分ほど丘を登る必要がありますが、元々は今日はタトラ山脈でハイキングをしている予定だったのでそれに比べれば余裕です。



丘の上まで着いたら、入り口は裏側なので城壁沿いに更に奥へ。堂々とした佇まいです。

到着。開館時間は9時から19時。入場料は10ユーロでした。

中に入ったら、早速中央にある塔の上へ登って全景を確認。こうしてみると綺麗に復元されているというよりは廃墟のような感じで、それがまたタイムスリップしそうな雰囲気を引き出しています。

ちなみにエントランスにも警告文が掲示されていたのですが、夏の時期は塔の上部で大量の羽蟻が発生するのだそうで要注意。確かにかなりの死骸が転がっていましたが、飛んでいる数はそれほどでも無くそんなに不快なレベルではありませんでした。

他にもこのような中世の室内を再現したようなエリアも少しありますが、基本的に屋根がないこともあって。そこまで充実した展示はありません。やはり外側から城を眺めるのがスピシュ城の正しい楽しみ方なのかも。

城壁内の芝生エリアでは何かイベントも行われていましたが、完全にスロバキア語オンリーで観光客には何も理解できず。

ということで、町に戻って16:03発の観光列車に乗車。1両編成でレトロなスタイルの車両です。

切符は車内で購入する形式で、このようにスピシュ城を背景にした写真やユネスコのロゴがプリントされた記念乗車券のようなものが配られました。乗車時間は15分で運賃は2ユーロです。

レトロな外見と異なり、車内の座席は現代的な仕様。私も事前に知らなかったくらいですが、あまりこの鉄道の存在は知られていないようでした。

こちらが時刻表。16:03にスピシュスケーポドフラディエを出ると、16:18にはスピシュスケーヴラヒ(Spišské Vlachy)に到着。下の段はヴラヒからの乗り継ぎ電車の案内で、ポプラトタトリの方に戻る際は16:22の電車にちょうどよく接続します。

スピシュスケーヴラヒの駅でサクッと乗り換え。乗り換え時間が短いので、ここから先の切符は事前にオンラインで買っておきました。

スピシュスケーヴラヒからポプラトタトリまでは約1時間。朝は分厚い雲に覆われていたタトラ山脈も徐々に姿を現していたので、明日は良いトレッキング日和が期待できそうです。

 

3日目:ヴィソケータトリ滞在 (1) スコク滝トレッキング

ヴィソケータトリ(Vysoké Tatry)に到着した翌日は、早速山へ向かってトレッキングをするぞと意気込んでいたのですが、どうやら天気は曇り気味。とはいえ回復を期待して、とりあえずタトラ電気鉄道に乗り込み山の方へと向かいます。

電車に揺られること45分で到着したのは、シュトゥルブスケープレソ(Štrbské Pleso)駅。ポプラトから来る電車の終着駅です。

プレソはスロバキア語で湖という意味。その名の通り同名の湖の周囲に広がるリゾート地で、後ろには高タトラの山脈が聳えます。この日も本来であれば目指したいのは、リスィ山(Rysy)というスロバキア・ポーランド国境に位置する標高2,503mのピーク。

ところが、駅から歩き出そうとすると外はこの通り一面の霧で後ろに控えるはずの山容が全く見えません。これではリスィ山に登る気にもならないので、少しプランを考え直すことに。

案内板を眺めながら良さそうなトレイルを検討。ピークハントは眺望が見込めないので、ビストラーラウカ(Bystrá lávka)という谷から谷へと抜ける15kmのループコースを選ぶことにしました。途中に滝などの見どころもあり、霧でも楽しめそうという算段です。

9:00に出発、10分ほど車道を歩いてからトレイルへと入っていきます。

谷沿いのルートということもあって、最初の方はこの通り森の中を少しずつ登りながら進んでいきます。霧深いのもこういうコースなら良い雰囲気。

ただ、樹林帯を抜けると悲しいほどの視界ゼロ。9:55にこのルートの見どころの1つであるスコク滝(Vodopád Skok)に着きましたが、コース上からは滝の音がなければ気づかないほど霧に隠れてしまっていました。

10:00、滝の真下で休憩しながら進み続けるかどうか再検討。霧も濃くなる一方なので、今日は山は諦めてここで撤退することにしました。

滝の上には湖があるとのことなので、最後にそれだけ見てみることに。滝の脇を登っていくルートは岩場で少し滑りやすいですが、チェーンが設置されているので助かります。

10:15、湖に到着。ただ全貌は全くわかりませんでした。

ということで、同じトレイルを戻って10:55にはシュトゥルブスケープレソの街に帰還。スキーのゲレンデやジャンプ台もあり、日本でいうと白馬のような雰囲気でしょうか。

11:00過ぎには駅に戻ってきて、この日のハイキングは2時間で終了。トレイル道中で食べる予定だったランチを電車の中で食べながら、山を下って街の方へと移動します。