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とあるサラリーマンの週末旅行記&搭乗記

5日目:フナフティ散策 (1) 島の北側方面

宿から空港までは送迎を頼んでいたのですが、空港を出たのが一番遅かったせいか、既に迎えの人はおらず。ただ、徒歩でも10分ほどの距離なのでまあいいかと思い歩き始めると、途中でバイクに乗ったおばちゃん警官に呼び止められ、後ろに乗せて宿まで送り届けてもらえました。到着して早々にツバル人のホスピタリティに触れることに。

宿泊したのはL's Lodge。ツバルの宿泊施設で唯一、Booking.comから事前予約が可能なところです。

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バストイレ共同で1泊54豪ドル(約4,500円)。ツバルドルは豪ドルと等価なので、国内で豪ドルが問題なく使えます。ただし、クレジットカードはこの宿に限らず国内では全く使えず、ATMも無いため十分な現金の量を持ってくることが必須。

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部屋に荷物を置いたら、宿のガレージにある自転車をレンタル(10豪ドル/日)して、早速島の探検を開始。

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今回滞在しているフォンガファレ島は南北方向に細長い島なので、今日はとりあえず北側を攻めてみることに。

街中では、外にいる子供たちの多さがやはり目立ちます。学校が終わったら外で遊ぶというのが基本のよう。

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クールな自転車を乗りこなす女の子。

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鶏を素手で捕まえてキスする男の子。日本の小学生でこんなことが出来るのは何割もいないでしょう。

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ツバルには大型の人工構造物を解体する仕組みが無いのか、寿命が来たものはどれもそのまま打ち捨てられています。これは漁船でしょう。

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放課後に海で泳ぐ子供たち。ツバルは旧イギリス領だったおかげで子供でもベーシックな英語を解すので、意思疎通には困りません。

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もっと古そうな機器類も放置されています。

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イリノイ州シカゴのNorthwest Engineering Co.と書いてありました。後で調べたところ、第二次世界大戦中に滑走路整備のために米軍が持ち込んだブルドーザーだそう。ツバルは太平洋戦争において米軍のベースの一つだったようなので納得。

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言われてみればブルドーザーに見えないこともないかもしれません。

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先ほどのブルドーザー以上に原型を留めていない機械。言うなればこの島自体が大型機器の墓場のようなところです。

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これは漁船でしょうか。

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もう少し新しそうなものだと、このジプニー。

ジプニーと言えば、言わずと知れたフィリピンの乗り合いバス。どういう経緯で来たのかわかりませんが、フィリピンで使われなくなった車体が中古車としてツバルに持ち込まれ、一時はこの島で公共交通機関として活躍した時期もあったのでしょう。

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もう風化によって判別が難しくなってきていますが、Manila Philippinesと書いてあるのがわかります。

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車体にはツバルのインターネットカフェの広告も。これはこのジプニーがツバルで活躍していた時代のものでしょう。そんなに古くはなさそうです。

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ジプニーが打ち捨てられているのは海岸線のぎりぎりのところ。もう少し経つと海の侵食で流されてしまうのでしょうか。

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ツバルと言えば地球温暖化によって世界で最初に沈む国と言われていますが、たしかに海岸の土壌侵食は深刻なよう。

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多くの場所で木々の根が露わになってしまっています。

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市街地から北へ2kmほど行ったところにあるのが港湾設備。ツバルへの物資は基本的に全てこの港に陸揚げされます。

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この港は日本の無償援助で2009年に建設されたとのこと。その名もNIPPON WHARF。

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これは沿岸警備艇でしょうか。基本的に国防はオーストラリアやニュージーランドに依存しているはずですが、自前の艦艇も一応持っているようです。

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沖合には意外と何隻かの船が停泊しています。まさか打ち捨てられているわけではないと思いますが。

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港も子供たちにとっては遊び場です。

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燃料類も当然全て輸入。

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ヤシの木以外は大した木も生えていないので、建設資材も全て輸入。

ツバルは輸出品がほとんど無い中で、どこからこうした品目を輸入できるだけの外貨が生み出されるのかと不思議に思うところですが、他国船舶へのツバル領海での漁業権貸与によって最低限の外貨を稼いでいるとのことです。

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細長い島なので、本当に一本道しかありません。

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一番細いところではこのくらい。コンクリートで補強された形跡があるので、ハリケーンか何かの影響を受けて寸断されたことがあるのかもしれません。

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途中でゴミ収集のトラックに追い抜かれました。島の北端にはゴミ処理場があるとのことなので、そこへ向かっているのでしょう。

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この国では仕事もほとんど無く、昼からのんびりと横になっている人が多いのですが、それでも生活が成り立つのはすごいところ。アフリカの最貧国と違い、海で魚は獲れるし、陸ではタロイモの栽培をしているし、木にはヤシの実がなっているし、ということで飢える心配は無さそうです。

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なにやら樹液を集めているようなペットボトルが木にぶら下げられているのを数多く見かけました。飲用かどうかは不明。

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北のはずれにも小学校がありました。

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どうやら、Lonely Planetにも記載のあったツバル独特の球技である"テアノ"(Te Ano)を行っている様子。ロンプラでも部外者には全く理解不能なルールと書いてありましたが、まさにその通り。理解できたのは2チームに分かれること、ボールを相手の陣地に投げ返すバレーボールのような競技であること、ボールは同時に2つ使われること、くらい。

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市街地から約7kmで北端のゴミ処理場に到着。

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"DUMPSITE"なので、処理場よりは投棄場と行った方が正しそうです。連絡先のメールアドレスがGmailなのがいい感じ。

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そのまま中へ。本当にただゴミの山があるだけ、というところです。

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廃車もここに投棄。

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とにかくすごい量のゴミ。プラスチックは自然に溶解することはないのでいくら長い期間放置しておいても無くなるわけではないのですが、処理設備が無いのでどうしようも無いのでしょう。こういった小国でも簡単に処理できるような素材が開発されるような抜本的な技術革新が無い限り、解決の目処はなさそうです。

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幸い?奥の方はまだゴミ投棄がされておらず、スペースにはまだまだ余裕はありそう。

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さらに奥へ進むと、道も無くなり樹林帯へ。ここからは自転車を駐輪して徒歩で進みます。

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そしてフォンガファレ島の最北端に到着。なにやらコンクリートの構造物がありますが、既にこれも利用されている気配は無く用途は不明です。

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奥に見えるのは隣のアマトゥク島。漁師を育てる国営の漁業学校がある島です。ここも干潮時には歩いていけそうですが、あいにく今は無理。

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北端までのショートトリップを終えて、市街地へ戻ってきました。

日暮れどきになると、ツバルの若者たちが連れ立って出かける先があります。それは空港の滑走路。

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フライトは週3便でしかも昼時しかなく、離着陸時以外は地元住民に開放されているのです。狭い島ではこのような広々としたスペースは他に無く、若者や子供たちにとっては絶好の遊び場。

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小さい子供たちはお手製の剣と盾で戦いごっこ。基本はみんな裸足のこの国では、昼時はアスファルトが熱すぎるので、夕刻になってから集まり始めるようです。

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もうちょっと年齢が上がった若者たちはサッカーの練習。こんな小国でも一応代表チームがあり、他の太平洋諸国と時たま試合も行っています。

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もう一つポピュラーなスポーツがバレーボール。ちょうどこの日はチーム対抗試合が行われていました。主審に加えて線審も4人おり、本格的な試合です。

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日の入り前、雲行きが怪しいなと思っていたらあっという間に豪雨に。幸い滑走路からホテルまでは100mほどしかないのですぐに帰還。

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子供たちは傘が無くとも気にするそぶりは全く無し。

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夕食は同宿の人と一緒にツバルの元国営ホテルが運営するレストランへ。

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ここの建設は台湾の支援。ツバルは世界でも数少ない台湾と国交を持つ国です。

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メニューは3種類程度でしたが、その中から唯一国産品と思われる魚を選択。それでも添えられたポテト、ミックスベジタブルは当然輸入品。そういえば、この島ではほとんど生野菜を見ないことに気づきました。

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