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とあるサラリーマンの週末旅行記&搭乗記

2日目:ユジノサハリンスク滞在 (1) ベルカホテル、市内散策、郷土博物館

今回宿泊したのはBelka Hotel。鉄道駅から徒歩10分ほどの場所に位置しており、立地は良好。

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ログハウスを模したような造りになっており、全体的に清潔で悪くありません。天然ガス産出で景気が良いというサハリン固有の事情を考えれば、1泊約8,000円という値段はまあ妥当といったところでしょうか。

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日本人客が多いのか、エレベーターの上には正月飾り。既に8月なのですが。

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到着した日はもう遅かったので、夕食はホテル併設のレストランで。

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記念すべき1食目はロシアらしくビーフストロガノフにしてみました。機内食で少し腹を満たしていたので、これくらいでちょうど良い量。

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翌朝の朝食も同じレストランで。ビュッフェ形式でしたが、卵料理にハムといっただけではなく、肉料理や魚料理も置いてあり満足。もちろんロシア定番の黒パンも欠かせません。

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朝食を摂ったら、早速町歩きを開始します。初日はユジノサハリンスクの市内をぶらぶらすることに。

まずホテルを出て中心部に向かって歩いて行く途中に通りがかったのが、サハリンエナジー社のオフィス。日本の三井物産三菱商事も出資をしている、LNG生産プロジェクト"サハリン2"の運営企業です。現在のサハリン経済の牽引役となっていることもあり、ユジノサハリンスク市内でも立派なビルを構えています。

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中心部に向かうと、1945年までの期間の日本領で豊原と呼ばれていた時代の建築もちらほら。こちらは北海道拓殖銀行の豊原支店だった建物です。

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現在はサハリン州立美術館となっており、入口も裏側になっています。

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せっかくなので入場。確かに、内部の造りは銀行だった頃を彷彿とさせます。展示品の解説はロシア語のみで解読不能ですが、それでも建物見学の観点から入場してみる価値はあります。

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展示物自体は日本や朝鮮由来の展示物もいくつかありましたが、一番目を引くのはロシア正教のイコン。偏見が入っているとは思いますが、この一見不気味なところが、いかにもロシア・東欧の宗教という印象。

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こちらがユジノサハリンスクのメインストリート、レーニン通り。8月にも関わらずこの日は曇っていたせいかかなり寒く、昼間でも体感は15度くらい。とても半袖で過ごせるような陽気ではありません。

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続いてやって来たのはレーニン広場。もうソ連崩壊から30年近くが経過していますが、それでもここのレーニン像は健在です。

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広場の向かいにもソ連らしいモザイク画。なんとCCCPの表記がまだ残っていました。

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レーニンさんはこちらにも。

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広場の奥には、ネフチェゴルスク地震の追悼モニュメントがあります。ソ連崩壊の傷も癒えきっていない1995年に発生したこの地震では、サハリン北部のネフチェゴルスクという街が再建不可能なほどの壊滅状態になり、今でも街は打ち捨てられたままになっているそうです。

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レーニン広場の裏にあるのが鉄道駅。ВОКЗАЛは"駅"という普通名詞なので、少々違和感がありますが、ユジノサハリンスクには1つの鉄道駅しか存在しないので区別する必要が無いのでしょう。日本ではどんなに田舎の駅でも、駅名を掲示していない駅舎は無いと思いますが、この辺りはロシア人と日本人の感覚の違いでしょうか。

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時刻表。サハリン州の州都であるユジノサハリンスクですが、発着する本数は数える程しかありません。しかも、当初の計画では鉄道に乗ってサハリン北部にも足を伸ばす予定だったのですが、ちょうど旅行のタイミングでサハリン鉄道の改軌工事が行われており、北部方面への列車は大幅減便で諦めざるを得なくなりました。

運休になった便は駅の時刻表でもしっかり出発時刻の表示が外されています。

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こちらが路線図。サハリン島を横に倒して描いているのでわかりづらいですが、右の方に赤色の文字で記載されているのがユジノサハリンスク、そこから左方向に真っ直ぐ伸びるのが、改軌工事中の北部方面路線です。

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乗車券はどうやら窓口で直接買う方式のよう。あまり行列を形成しているような様子はなく無秩序になっているように見えますが、中国やアフリカほどの騒々しさはありません。

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駅に1台ぽつんと置いてある、どう見ても怪しいミッキーマウス型のゲーム機。中国からの輸入品でしょうか。

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鉄道駅のすぐ横にあるのがバスターミナル。ユジノサハリンスク市内の路線バスではなく、サハリン島内の別の街とユジノサハリンスクを結ぶ中長距離路線がここから発着します。

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時刻表は窓に掲示されている通り。

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切符は建物の中で買うのですが、パッと見た限りではここが切符売り場なのか疑ってしまうほどの重厚な扉。表記はロシア語しか無く入りづらい空気を醸し出していますが、ここで間違いありません。

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そのまま駅から西へ。近代的な映画館がありました。

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映画館の前にはモダンアートのモニュメント。レーニン広場周辺のソ連らしさ全開のモニュメント群との落差が新鮮。

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次に向かったのはサハリン州郷土博物館です。日本領時代にも樺太庁博物館として使われていた建物で、いかにも日本風といった門構え。

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ちょうど結婚記念写真の撮影も行われていました。地元の住民にも地域の名所として馴染みのある建物になっているようです。

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建物内部だけではなく、敷地全体が"MUSEUM UNDER THE OPEN SKY"と称する青空博物館になっているのが特徴です。

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これは戦時中に日本全国の小中学校に設置された、天皇・皇后の写真を飾るための"御真影奉安殿"と呼ばれる建物だそう。恥ずかしながら、このような設備の存在を今まで聞いたことが無く、サハリンに来て日本史を勉強することとなりました。

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こちらは日本軍が使用していた戦車。せっかくの歴史的価値のある戦車であるにも関わらず、塗装しなおされたせいでかなり安っぽくなってしまっているのが残念。

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当時の豊原にあった並木道"中川並木"の標識。こちらは良い保存状態です。

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砲台も。

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明治三十七八年戦役と書いてあるので、日露戦争時代のものでしょう。

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日本関連のもの以外にも展示物はあります。これは鯨の顎骨。

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この部分。顎骨でこの長さですから、相当な大きさです。

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サハリン2プロジェクトが動き出すよりずっと前の1940年代からサハリン北部で稼働していたという石油採掘設備。ちょうど2018年8月10日に寄贈されたばかりとのことで、今でも定期的に展示物は増えていっているようです。

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タグにはしっかりとCCCPの文字入り。

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これだけでも見応え十分でしたが、もちろん博物館内にも入館。屋内展示の見学には入場券の購入が必要ですが、100ルーブル(=約160円)と財布に優しい値段設定です。

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館内は、フロアごとに恐竜の時代から現代までサハリンの歴史を振り返る展示内容になっています。

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このサイズのヒグマがサハリンには現在でも生息しています。当初はサハリンでもトレッキングをしようかと思っていたのですが、ヒグマの存在を思い出してたので今回は断念。安全第一です。

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そんなヒグマも、アイヌの人たちにとっては大切な生き物。神聖な儀式には欠かせなかったようです。

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ソ連の頃は日本統治時代に関する情報はほとんど隠されていたようなのですが、今では随分とオープンになっている様子。解説がロシア語しか無いので推測ですが、伊能忠敬の測量に関する記述もありました。

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日本統治時代の豊原の地図。札幌などの北海道の大都市と同様、更地を開拓して建設された都市のため道路は碁盤の目状に広がっていおり、これは現在のユジノサハリンスクにも受け継がれています。

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建物の内部はやはり日本風。

 

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午後も市内散策は続きますが、長くなったので続きは別記事で。