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とあるサラリーマンの週末旅行記&搭乗記

4~5日目:アイアントレイン乗車

これから乗車するのは、アイアントレインと呼ばれる貨物列車。アイアントレインとは、モーリタニア内陸部にある鉱山と沿岸部にある輸出港を結ぶ鉄道であり、貨車部分が無料の移動手段として現地住民に利用されており、外国人旅行者も利用可能なのです。

見所の少ないこの国において、サハラ砂漠を突っ切る貨車の荷台に乗って一晩を過ごせるこのアイアントレインはハードコアを攻める旅人の間では有名な存在であり、バックパッカー界隈では、モーリタニアといえばアイアントレインと言っても過言では無いほどに有名だと思います。私も学生時代からずっと乗ってみたかったところ、遂に実現の瞬間です。

まずはヌアディブ市内からタクシーに乗って駅まで。駅は町の中心部から北に10kmほど行ったところにあり、歩いて行くにはちょっと遠い距離です。流しのタクシーを拾って150ウギア(=約450円)でした。

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駅に着いたのは14時半頃。アイアントレインには決まった時刻表は無いものの15時前後に出発することが多いとの情報だったのですが、警備員に確認するとこの日の出発は16時頃だとのこと。それくらいなら想定の範囲内です。

駅舎内のベンチに座って到着を待ちます。

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15:30頃になると他の乗客が線路沿いに移動し始めたので私も外へ。ここで警察官にパスポートコピーの提示を求められたので、1部渡しました。

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15:40、警備員が言っていたよりも早く、アイアントレインがやってきました。先頭の2両のディーゼル機関車に続き貨車が無数に連なっています。

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近づくに連れて響き渡る轟音。先頭車が目前を通過していきますが、まだ停止する様子は全くありません。

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1分以上待ってやっと停止。もはや先頭は見えません。ちなみに、日によっては1両か2両ほど客車が連結されている日もあるらしいのですが、この日は無さそうでした。

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車両が停まったら乗車。それぞれ思い思いの貨車に飛び乗っていきます。私は待ち時間に少し話をした英語の少し解るおじさんに手招きされたので、そのまま彼に付いていくことに。

乗車方法は、貨車の端に付けられた足場を使ったよじ登り。まずは1人か2人が登って、全員分の荷物を協力して持ち上げた後、残りの数人が登りました。無秩序の中にも現地人なりの秩序があるようです。

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乗車完了。しばらくすると前方から金属同士がぶつかり合うような連続する轟音が近づいて来たかと思うと、とてつもない衝撃と音が貨車内に響き渡り、次の瞬間に動き出しました。

轟音の正体は、貨車同士の連結部分。停車時は結合部に弛みがあるのですが、先頭から動き出すと各車両間の結合部が順番に引っ張られ、その時にガツンという音を出しているのでした。それが徐々に近づいてきて、遂に自分の乗車している貨車も引っ張られたため、最後に衝撃を受けた訳です。油断していると角に頭を打ちかねないほどの衝撃でした。

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貨車の内部はこんな感じ。床と壁だけで殺風景ではありますが、そもそも人間を輸送することを想定していないので仕方ありません。

ずっと砂漠の中を走るため砂埃が尋常ではないのですが、現地人は慣れているのか乗車するとすぐに頭からつま先まで完全防備の態勢に入っています。私も今回の旅行用に使い捨てのつもりで安い寝袋と目出し帽を調達しており、準備は万端。

ちなみに、ここに写っている同乗者のうち1名は西サハラ出身で、モロッコの支配を嫌ってアルジェリアに難民として逃れ、その後モーリタニアに流れ着いたいう異色の経歴の持ち主でした。彼は当時西サハラの独立を援助していたキューバの支援でハバナに留学をしたらしく、スペイン語で会話が出来たのですが、「アジア人と話をしたのはハバナで同室だった北朝鮮からの留学生以来だよ、ハッハッハ」とのこと。なかなかパンチの効いたジョークです。

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線路脇には1kmごとに距離数の表示があるので、だいたいどれくらい進んだかはすぐにわかりました。0km地点はヌアディブの港で、乗車駅は20km地点あたり。今回の目的地であるシュムの町は500km過ぎのあたりだそうです。

シュムまでの所要時間は日によって異なりますが平均10時間のことで、今日は16時頃に出発したので、到着は深夜か早朝になる見込み。長い旅になります。

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時速は最高50km程度ですが、何十年と使い古されたであろう貨車にはガタが来ているのか、異常なほどの振動でした。しかもどうやら振動は貨車によってマチマチなようで、現地人曰く今回乗った貨車は大ハズレ級とのこと。揺れが酷すぎて到着まで一睡も出来ませんでしたが、当たりの貨車に乗ればもう少し快適に過ごせるようです。とはいえ、ぱっと見には当たり外れはわからないので、こればかりは運次第。

最初の数十キロは並走する道路があったものの、それ以降は本当に何も無い砂漠の中を突き進みます。

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この鉄道は基本的に西サハラとの国境沿いを走っており、西サハラ側を見ると、遠くにモロッコが築いた"砂の壁"と守備隊の駐屯地が見えました。

砂の壁はポリサリオ戦線からの攻撃を防ぐためにモロッコが構築した土手のようなもので、モロッコの実効支配地域の境界沿いに張り巡らされています。つまり、この線路から砂の壁までの区間が、前日の国境越えでも通過した"無政府エリア"ということになります。このエリアには地雷が数多く敷設されていると言われており、間違えても足を踏み入れてはいけません。

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風景は特段代わり映えせず、時たま遊牧民の民家らしきものが忽然と現れるくらい。この土壌では作物も育たないだろうに、どのように生活を営んでいるのか見当もつきません。

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それから、ラクダもちらほら見かけます。ラクダが地雷を踏んだらどうなるのか、ふと気になりました。

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沈みゆく夕日を眺めて1日が終わります。実はこの日は4月30日。狙った訳ではありませんが、平成の終わりと令和の始まりをサハラ砂漠の貨車の中で過ごすことになりました。もっとも、列車に乗っている間は、ひたすら続く揺れが辛すぎてそんなことを考える余裕もありませんでしたが。

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日没後は寝袋に包まり、ただただ時間が過ぎるのを待ちます。星はかなり綺麗でしたが、砂埃のせいで上向きに目を開けるのはキツく、あまりじっくりと見ることは出来なかったのが残念。

今回の旅行用に調達した寝袋は一晩でこの有様。絶え間なく続く揺れで床に対して擦れ続けた結果、一回の使用でダメになってしまいました。

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そして午前3時、ようやくシュムに到着。ここからは約130km離れたアタールという町を目指します。

まだ先へ向かう同乗者に別れを告げて下に降りると、待ち構えていたかのようにアタール行きのピックアップの車が現れました。先進国もびっくりのスムーズな乗り継ぎです。運賃は200ウギア(=約600円)と距離と時間帯を考えれば良心的。各貨車から降りてきた乗客を次々にピックアップし、すぐに真っ暗な道をアタールに向けて出発しました。

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アタールまでの道のりは舗装されており快適。かなり飛ばした運転で、4時過ぎにはアタールの町に到着しました。町の中心で降ろされましたが、まだ真っ暗。

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アタールは、アドラール地方というこの地域一帯の中心都市でありそれなりの規模の町なのですが、それでも早朝は人っ子一人いません。とりあえず目当ての宿に向かって歩き始めると、急に暗闇からロバが出てきてびっくり。

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今回泊まった宿はBab Sahara。夜勤の門番がいたので中に入れてもらい、とりあえず空いている部屋にチェックインをして眠りにつきました。長い移動もこれにて無事完了です。

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