Out of Office 旅に出よう

とあるサラリーマンの週末旅行記&搭乗記

10日目:エールフランス AF1228 パリ(CDG)〜ボローニャ ビジネス

シャルルドゴール空港での乗り継ぎは約10年ぶり。今回はターミナル2Eから2Fへの移動です。この空港は動線が複雑でわかりづらいイメージがあったのですが、標識はしっかりしていました。

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長い通路をひたすら先へ。前の便の到着時刻(6:30)からこの便の搭乗終了時刻(7:35)まで約1時間しかないので、小走り気味に先を急ぎます。

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朝だからかイミグレにほとんど列が無かったおかげもあり、6:45にはターミナル2Eに到着しました。これならラウンジに寄る余裕も十分あります。

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このターミナル2Eのエールフランスラウンジは、ゲートより1つ下の階にあり天井が低く閉塞感のあるデザイン。EU域内線用なので、あまり長居することを想定していないのでしょう。それでも長距離便からの乗り継ぎ客向けか、シャワー設備はきちんとあるようでした。

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ミール類は典型的なヨーロッパ風の朝食。

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お茶はティーバッグの種類がかなり豊富で、日本茶までありました。欧米文化圏ではGreen Teaと言ってもミント系のお茶や中国茶が多い中、日本茶を置いてあるのは珍しい気がします。

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搭乗時刻前にゲートへ。エールフランスも最近流行りのグループ番号順での搭乗を行なっているようです。

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今回はビジネスクラスなので、グループ1で搭乗。ガラス張りのボーディングブリッジです。

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搭乗開始でゲートは通過したものの、機内準備が終わっていないとのことで、ブリッジの途中で待機。イベリア航空で何度か経験はありますが、他のキャリアでもこういう運用をしているところがあったとは。

そもそも、折り返し便ならまだしも、朝一の便なのに機内準備が終わっていないというのはどういうこと?という気もします。エールフランスはよほど計画性の無いエアラインなのだろうという印象です。

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5分ほど待たされてからやっと機内へ。A319で、ビジネスクラスも欧州あるあるのエコノミーと同じシートです。ボローニャ線は需要が少ないのか、ビジネス設定は最前列1列のみで、乗客も私ともう1名だけでした。

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座席にはあらかじめボトル水とおしぼりがセット。

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離陸したのは朝8時過ぎ。この時刻でもまだ暗いのが、欧州の冬なのです。

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上空に出ると、やっと夜明け。

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水平飛行に入るとすぐに朝食が配られました。メニューも選択肢もありませんが、1時間半程度の短距離便なのでそんなものでしょう。皿の右側の黒いものは、キュウリやクリームチーズが挟まったサンドイッチのようなものでした。

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食事が終わり、アルプスを越える頃にはもう周囲も明るくなっています。写真では小さくてわかりづらいですが、マッターホルンなども見え、なかなか見応えのある景色でした。

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アルプスを越えたらもう北イタリア。眼下にはマッジョーレ湖コモ湖が見えます。

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そのまま降下して行き、ボローニャに到着。もう少し大きい規模の空港を想定していましたが、かなりこじんまりとした一地方空港といった佇まいです。

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ボーディングブリッジも何基か空いていましたが、エールフランス便はバスゲート利用。アフリカを出て以来完全な外気に触れるのは初めてなので、イタリアとはいえヨーロッパの冬の寒さが身に沁みます。

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そして残念なことに、ここで荷物のロストが発覚。やはりパリで乗り継ぎ時間が1時間程度というのは、乗客は乗り継げても預け荷物は厳しいことが明らかになりました。

イタリア滞在は一晩のみで明日には日本に向けて旅立ってしまうので、荷物は日本の自宅まで送ってもらうように手配をかけてもらいます。(帰国後、無事に受け取ることができました。)

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9日目:エールフランス AF596 コナクリ〜パリ(CDG) ビジネス

到着時と同様に、宿の送迎車にお願いして再び空港へ。夕方から夜にかけての時間帯は交通渋滞がひどいという話を聞いていたので早めに空港へと向かったのですが、思ったほどでもなく30分ほどで空港まで着きました。

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コナクリの空港は、駐車場と空港ターミナルが少し離れていて歩道橋で結ばれており、車で送ってもらえるのは、駐車場にあるMeeting Pointまで。

ここからターミナルへと向かう歩道橋が少し厄介で、100mもないような一本道にも関わらず警官のチェックポイントが3ヶ所もあります。賄賂要求が酷いとの評判なので出来れば通りたくないところですが、出国したければ覚悟を決めるしかありません。

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各チェックポイントにいた警官とのやり取りは以下の通り。

1人目:「ボーディングパス?」⇒何を指しているのか不明。チェックイン前でボーディングパスなど持っていないので、印刷したe-ticketコピーを見せたらOK。

2人目:「ギニアフラン?」⇒ギニアフランは国外持出禁止なので、もし持っていれば巻き上げようという魂胆なのでしょう。きっぱりNoと言えばOK。

3人目:「コーヒー?」⇒コーヒーを飲む金が欲しいという要求のよう。少し粘られましたが、ここもきっぱりNoと言えばOK。

毎回パスポートを渡さなければならず、あまりこちらも強気には出られない(パスポートを返してもらえないと困る)のが難しかったですが、それでも前評判ほどの悪質なものではなく、賄賂支払いは無しで済みました。

歩道橋を無事突破してターミナル内に入れば、チェックイン自体はスムーズ。エールフランスは乗り継ぎ便まで含め1枚のボーディングパスに印刷される形式でした。スカイチームメンバーではないJALのエメラルドステータスまできちんと認識されているのは驚きです。

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チェックイン後も更に2ヶ所のチェックポイントがありましたが、これも無難に通過します。

それを通過したら、最後のラスボスは出国審査のイミグレオフィサー。今までの雑魚キャラとは違いストレートに「l'argent?」(フランス語で「お金」)と要求してくるあたり、やはり格が違います。しかも、フランス語がわからないフリをすると「モネ?」(多分moneyと言いたい)と、そこだけは英語。

こいつは難敵で、他に出国者がいないタイミングだったせいもあって、こちらがいくらとぼけてもなかなかスタンプを押してくれませんでしたが、最後までフランス語がわからない+モネ?が聞き取れないフリで押し問答をしていたら、何とか通過出来ました。

イミグレ後の保安検査は特段賄賂要求も無く、それを通過したらやっとラウンジに到着。ここまで来ればもう安心で、これ以降は賄賂要求はありませんでした。

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年が明けてもまだクリスマス気分のラウンジ。外に面した窓も無く狭苦しい雰囲気はありますが、利用者が少なくソファーも快適なので搭乗までの1時間ほどを過ごす分には問題ありません。

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飲み物は席に着くとスタッフがオーダーを取ってくれ一方で、食べ物はビュッフェ制。まあ、食指が動くようなものはほとんどありませんが。

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予想に反して、トイレはきちんと清掃が行き届いていて綺麗な状態。トイレのクリーンさは場所によって千差万別なので、意外と重要なポイントです。

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ラウンジ内にエールフランスの搭乗が始まったというアナウンスが流れたタイミングでゲートへ。アフリカから欧州へ向かう路線だからか、ボーディングブリッジの前では乗客全員に対して追加での手荷物検査がありました。

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今回搭乗するのは、2日前にフリータウンからコナクリまで乗った路線の続きの区間。当然機材も同じA340-300で、JOON塗装のままです。

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搭乗。JOONに一度払い下げられたような機材ということで、シートも古めでフルフラットにはなりません。JALのシェルフラットネオと似たような仕様です。

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座席に置いてあったアメニティポーチ。中身は歯ブラシ、アイマスクなど標準的なものがほとんどでしたが、メガネ拭きが入っていたのが特徴的でした。

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ウェルカムドリンク。フランスの航空会社ですから当然シャンパンでしょう。

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エールフランス機内では、フランス語の英語に対する優先が徹底されています。クルーの乗客への呼びかけが必ずMadameかMonsieurなのはまだしも、離陸時に機内食メニューを配る時に、明らかな英語話者に対してもわざわざフランス語のページを開いて渡してくるのは何かの嫌がらせかと思ってしまうほどです。

気を取り直して自分で英語のページを開き直すと、こんな内容。出発後に夕食、そして到着前には軽い朝食がサーブされます。

この便はコナクリ23:10発、パリ6:30着、フライト距離約2,800マイルと、日系のバンコク〜羽田の夜行便あたりとほぼ似た運航形態なんですが、日系は離陸後の食事はほぼ無しで、到着前に朝食をサーブするのとは対照的。

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無事にドアクローズされ、ゲートを離れます。なんだかんだとアフリカ旅行は緊張感があるので、これでやっとリラックス。

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離陸後は、フライト時間が約6時間と夜行便にしては短いこともあって、テキパキと食事サービスが始まります。まずは食事の準備がなされている間に、ドリンクとスナックの配布。このチーズ入りビスケットのようなスナックは日本では見かけませんが、なかなか美味しかったです。

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まずはスターター。左側はスモークサーモンですが、右側はフォアグラ。近年では動物愛護団体の標的になっているフォアグラですが、エールフランスではそんな事は何処吹く風ということでしょうか。

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続いてメイン。選択肢は4つあり、その中からホロホロ鳥(Guinea Fowl)を選びました。食事についてはさすがエールフランスというレベル。

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最後は緑茶で終了。高級食材であるフォアグラをスターターとしたり、ワンプレートではなく順番にサーブしたりと、エールフランスのプライドが垣間見える機内食でした。

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サーブが終わったのはモーリタニア上空あたり。昨年GWに旅行したアタールやシンゲッティといった地名が見えます。残り4時間半を切っているので、この後は座席を倒して就寝。

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クルーに起こされたのはもう着陸30分前。事前に朝食で起こすかどうかの確認はありませんでしたが、寝ている乗客は起こさないスタンスのようでした。まあ、この時間帯はなるべく長く寝ていたい乗客が大半でしょうから、良い判断かもしれません。

定刻でシャルルドゴール空港に到着。ボーディングブリッジの外気に、冬の欧州に着いたことを実感しました。

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9日目:コナクリ滞在 (2) ロス諸島・カッサ島

コナクリ滞在2日目は、市街地から船で30分ほどの距離にあるロス諸島へ。コナクリの喧騒とは打って変わって、ゆったりした雰囲気で綺麗なビーチがあることから、コナクリ在住のExpat達の週末の滞在先としても人気な場所だそうです。

まずは島への船が発着するブルビネ港(Port de Boulbinet)へ。手前側がロス諸島への船の発着所、奥側が魚市場になっています。

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港の周辺では、外国人を見ると「ロス諸島へ行くのか?」と声をかけプライベートボートへと誘導しようとする輩が何人もいます。値段を訊いたところ、500,000フラン(=約5,000円)と明らかにぼったくりなのでそれはスルーし、現地人の集まる方へ。

発着所はかなり混沌とした雰囲気でしたが、ロス諸島最大の島であるカッサ島へ向かう乗り合いボートを無事発見しました。運賃は5,000フラン(=約50円)。

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ボートから見る魚市場側。あちらの建物は日本政府の援助で建てられたものだそうです。

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よく見るとかなりの混雑ぶり。今回は訪れませんでしたが、市場内に足を踏み入れる場合はかなりの覚悟と注意が必要でしょう。

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オンボロボートに明らかに定員を超過する人数とかなりの量の物資を乗せているので、少し不安になりますが、船は順調に航行。外海を通るルートで揺れがそれなりにあるので、船酔いしやすい人は大変かもしれません。

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出発時はカッサ島のどこに向かう船なのかは不明だったのですが、辿り着いた場所をGPSで確認すると、北部のソロ(Soro)という集落でした。

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船が着いたら集落から子供たちも寄ってきて、村人総出で荷下ろし。食料品・飲料水・日用品など、この村での生活に必要なものは全てコナクリから運び込んでいるようでした。

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その後、船頭さんが20,000フラン(=約200円)追加で払えば、綺麗なビーチが広がるところまで船で連れて行ってくれるということでお願いすることに。

ソロの村から島の北端を回り込んだ反対側にビーチはありました。レストランやコテージもあり、まさに外国人や現地人富裕層向けといった雰囲気。週末ということもありコナクリから訪れる人で賑わっています。

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私はもう少し静かな場所を探して、そのままカッサ島の西側の海岸線を南へ。数百メートルで砂浜が途切れると、その先は岩場になっていました。

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岩場を越えた先に、小さなビーチを発見。ちょうど良い木陰もあり、他に誰もおらず静かだったので、ここでゆっくりすることに決定です。持ってきた文庫本を片手に数時間ほどのんびり。

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正面に見えるのは左がルーム島、右がタマラ島。あちらの方が更に離島感があるらしいですが、住民が少なく交通手段が限られるため、観光客が訪れるとすればチャーターボートが現実的な手段になるそうです。

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日が西に傾き始め、少し眩しくなって来たあたりでビーチからは撤退。そのまま島を南に歩いてシテドカッサ(Cité de Kassa)という別の集落まで向かい、そこからコナクリへと戻るボートに乗ることにしました。

海岸沿いを歩くと直射日光がキツいので、内陸にある一本道から。

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途中ですれ違ったオート三輪

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メーカーは、バイク大手であるYAMAHAでもSUZUKIでも無く、YAMAZUKI。有名ブランドを1,2文字変えてパクった名称はよく見かけますが、2ブランドを合わせてパクった名称はレアもの。考えた中国人もなかなかのセンスです。

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シテドカッサはカッサ島最大のコミュニティですが、それでもメイン通りはこの程度。外国人はビーチに集まる一方でこうした集落に来るのは珍しいのか、すれ違う全ての人に凝視されてしまいました。彼らは写真を嫌がるのであまり撮影出来なかったのが残念。

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シテドカッサの船着場から、再びオンボロボートに乗ってコナクリへ。運賃は往路と同じ5,000フラン(=約50円)です。

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帰りの便は救命胴衣が配られましたが、在庫が定員分しかないため、半分程度の乗客にしか行き渡らず。それなら運賃を2倍にしてでも定員までしか乗せない方が良いと思うのが先進国の人の考え方ですが、アフリカの理屈ではそうはいかないようです。

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 これにてコナクリの2日間の滞在も終了。この日の夜の便で出国です。

8日目:コナクリ滞在 (1) 市内観光

コナクリで泊まった宿は、町の中心であるカルーム地区にあるResidence Sandervalia。ホテルでは無く、チュニジア人の夫妻が営むアパートメントスタイルの宿でした。このような商業ビルの上階に入っており、ビルのエントランスには警備員もいるのでセキュリティ面でも安心です。

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部屋は簡易キッチンとシャワー付き。この清潔さで朝食も付いて1泊70ユーロは、コナクリではかなりリーズナブルだと思います。

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部屋からの眺めはこんなもの。これでもダウンタウンなので、コナクリの中ではかなり落ち着いた方です。

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朝食はコンチネンタルスタイル。ギニアはこれまで訪れたリベリアシエラレオネと違いフランス語圏の国なので、文化もかなりフランスの影響を受けています。フランスパンやクロワッサンは前の2ヶ国では全く見かけませんでした。

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到着した翌日は、とりあえず町歩き。まずは両替をして現地通貨を入手することから始めます。

カルーム地区のメイン通りには路上両替商が大勢おり、外国人が通ると必ず声をかけてくれるのですが、カモにされるのも心配だったので"CHANGE"の表示がある銀行へ。

ところが、中に入ってスタッフに両替をしたいということを伝えると、少し待っていろと言われ、なんと驚いたことにスタッフは外から路上の両替商を1人連れて来たのでした。銀行のスタッフの目前ということで、両替商も正規レートで両替してくれたので結果オーライだったのですが、色々ツッコミどころのある両替でした。

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現金を手に入れたら、次はSIMカード。前日に空港に着いた時に、既に22:00頃と遅い時間だったせいかSIMカードの販売ブースは閉まっており手に入らなかったのです。

これも同じくカルーム地区にある通信会社Orangeのショップへ。店員は完全にフランス語オンリーでしたが、なんとか無事入手出来ました。日本円にして数百円程度で1GB単位の通信が出来るので、今やローカルSIMは旅の必須アイテムになりました。

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必要な装備を整えたら市内観光開始。とはいえコナクリも他の西アフリカ諸国の首都と同様、ほとんどまともな見所はありません。とりあえずロンプラに載っていた国立博物館へ行ってみました。

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敷地内で目に付くのは、たくさんの彫像。どれもこれも白人がモデルになっているものばかりなので、植民地時代は町のあちこちにあったものを、独立後は目障りになったのでここにまとめただけなのかもしれません。

例えばこれは、フランス植民地となった際の初代総督バレイ。

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こちらも仏領ギニアの歴代総督の1人、ポワレ。農耕を行う黒人の上に立つ白人という構図が印象に残ります。

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こちらは独立後の初代大統領セク・トゥーレ。アフリカ現代史の少し齧ったことがあれば、必ず聞いたことがある名前でしょう。アフリカでもいち早く独立を勝ち取り、当初はガーナのエンクルマと並んでアフリカの英雄でしたが、その後は恐怖政治を行い政敵や一般市民を数多く虐殺したという歴史があります。

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肝心の博物館の展示については、敷地内にいくつも建物はある一方で、現在展示品が置いてあるのは一室のみで、ギニア各地の伝統衣装や儀式で使われる楽器等がいくつか並んでいるだけ。写真撮影は不可でした。入場料は10,000フラン(=約100円)と安いのでまあ良いのですが、無理して入る必要は全くありません(外に置いてある銅像だけなら入場料不要)

維持管理があまりされていないようで、敷地内では鶏が走り回ります。

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これも外に放置されていたニンバと呼ばれる伝統的なマスク。入り口の看板に描かれていたイラストもこれです。

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これで見所はほぼ終わったので、あとはぷらぷら町歩き。

コナクリには警官が多く、目をつけられて呼び止められると、あれやこれやと難癖をつけて賄賂を要求してくるので注意が必要です。私も1度ほど捕まり、パスポートと居住者用のIDカードを見せろと言われました。パスポートはあるがIDカードは旅行者なので持っていないというと、それは問題だと言わんばかりの態度。こちらも毅然とした対応が必要で、最後にはパスポートを警官の手から奪い返してその場を後にしたのですが、こういうことがあると、ただ歩くだけで疲れます。

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ギニアの現在の英雄、ナビ・ケイタ。サッカーが大人気のこの国において、自国の選手がリバプールのようなビッグクラブでプレーしているのは大きな誇りらしく、ケイタを知ってるか?という質問は何度も受けました。

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モスバーガーをパクったかのようなファストフード店。オーナーは中国人でした。

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ここは中国かと見間違うほど、漢字を前面に押し出してくる中華ホテル。

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街中に何軒もある中華系スーパーに入れば、置いてある商品もほぼ全て漢字パッケージの中国製。リベリアシエラレオネに比べてもギニアは一段と中国人のプレゼンスが大きい印象でした。

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欧米駐在員向けのスーパーを経営しているのはだいたいレバノン系。こちらはヨーロッパからの輸入品がズラっと並びます。中華系にしろレバノン系にしろ、地元産品の取り扱いが全くないのは、いかにギニアのローカル産業が未発達かということの証でしょう。

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ムスリム人口が多いギニアですが、レバノン系スーパーはアルコールの取り扱いもあります。フランス文化圏なのでワインが主流ですが、ビールコーナーを見てみるとサッポロビールが置いてありました。

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カルーム地区からバイタクで15分ほど走った先にあるのは、グランドモスク。サハラ以南のアフリカでは最も大きいモスクということで、堂々たる偉容です。ここにはあの初代大統領セク・トゥーレの墓もあるらしいのですが、残念ながらムスリム以外は入れないということで、この距離から建物を眺めるのみでした。

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モスクを眺めていると甲高い警笛が鳴り響き何事かと思いきや、モスクに隣接して線路が敷かれており、そこを貨物列車が通り過ぎるところでした。ギニアに鉄道が整備されているとは知りませんでしたが、後で調べたところ旅客運送はしていないそうです。

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1日目の町歩きはこんなところ。翌日はコナクリ沖にある離島へと向かいます。

7日目:エールフランス AF596 フリータウン〜コナクリ プレミアムエコノミー

フリータウンの町から空港へのアクセスは、なんと海路。世界中の数ある首都空港の中でも、最も市街地からのアクセスが悪い空港に認定しても差し支えないレベルの不便さです。

なぜ海路なのかというと、以下のような立地が原因。どういうわけか、フリータウン半島から湾を挟んだ反対側に空港を造ってしまったのです。ぐるっと迂回すれば陸路で行けないこともありませんが、4~5時間ほどかかってしまうそうなので、実質的には海路しか選択肢が無いことになります。

実は半島側に新たに空港を建設するという話もあり、中国政府からの融資による資金調達で実際に2018年3月に工事が始まったのですが、その後選挙で政権が交代するとチャイナマネーへの過度の依存を危惧した新政権が工事を中止。代わりに湾を跨ぐ橋を架けるという話が現在では出ているそうです。まあ、西アフリカのことですからどれだけ実現可能性があるかは・・・。

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というわけで、フリータウンアバディーン地区にある船会社のターミナルへ。空港とフリータウン間のスピードボートを運営している会社は2社あるようなのですが、オンラインからの予約が可能だったSea Coach Expressを今回は選びました。運賃は片道40ドルと結構なお値段です。

ターミナルはさながら空港のような雰囲気。受付でボートのチェックインを済ませ、大きな荷物も預けます。

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ちなみに、スピードボート2社の他にも、地元民向けにフリータウン東部から空港側へと渡るフェリーが運航されており、そちらの方が格安なのですが、時間が読めないので少なくとも空港へ向かうときはスピードボート1択でしょう。

Sea Coach Expressは出発・到着の各フライトに合わせて運航しているので、フライトを逃す心配はありません。エールフランス便向けのボートは16時発。きちんと定時に出発しました。

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船内も西アフリカとは思えないきちんとした設備で快適そのもの。対岸までは30分ほどの乗船です。

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ビーチに伸びた桟橋から上陸。

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その後、ミニバンに乗り換えて空港ターミナルへ。預けた荷物はボートからミニバンへの積み替えも含めて全てスタッフが行うので、乗客は空港ターミナルに着いたら荷物を受け取るだけです。

空港の周辺は賄賂警官がうじゃうじゃいるので、ターミナルの写真はミニバンの中から撮るのが精一杯。

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ターミナルに入るとまずは荷物をX線に通し、その後にパスポートとe-ticketのチェックを受けたあと、やっとチェックインエリアへ入れます。チェックインカウンターはきちんとSKY PRIORITYの優先レーンが用意されており、今回はプレミアムエコノミーなのでありがたく使わせてもらいました。

エールフランスのこの便は、パリ⇒フリータウンコナクリ⇒パリという三角運航。フリータウンからコナクリは21:05発、21:40着という所要時間35分の超短距離フライトですが、どういうわけか普通に買うとエコノミーで5万円ほどします。ただし、特典航空券だと短距離のため必要マイル数は非常に少なく、Flying Blueではプレエコが6,400マイルで取れたので、迷わず確保。特典発券がかなりお得な路線でした。

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チェックイン後はイミグレと保安検査を抜けて制限エリアへ。ここも警戒していましたが、どちらも賄賂要求は無く簡単に通過出来ました。

今回はプレエコなのでラウンジアクセス権は付いていませんが、驚いたことにこの空港の唯一のラウンジがプライオリティパスで入場可能だったので、迷わずラウンジへ。

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バーのような雰囲気で、席に着くとスタッフがメニューを持って現れ、飲み物のオーダーを取ってくれるスタイルでした。シエラレオネとのお別れなので、最後に再びSTARビールを。

ちなみに、フードはドリンクオーダー時に一緒に持ってきてくれるチップス以外は何もありませんので、あしからず。

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ラウンジで2時間ほど時間を潰し、搭乗開始時刻に。この空港にはボーディングブリッジは無く、優先搭乗者はゲートからバスで機体の下まで連れて行ってもらえますが、一般搭乗の人達は、その後に歩いて機体まで向かっていました。

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機材はA340-300。エールフランスからJOONへとリブランドされた機体ですが、JOONが運航終了しエールフランスに戻された後も塗装が直されていません。

ただし、塗装が治っていないだけで、運航乗務員や機内サービスはもちろんエールフランス基準です。

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プレミアムエコノミークラスのシート。は2-3-2。パリからコナクリへ向かう乗客は機内で待機したままですが、フリータウンで降りた人の座席はきちんとブランケット等が再セットされていました。

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滅多に乗らないプレミアムエコノミーですが、足元は少し広いものの、シートも対して倒れず、ビジネスクラスとは雲泥の差。5~6時間までのデイフライトであればこれでも問題無さそうですが、それ以上の長距離線やナイトフライトの場合は、ビジネスとの間に大きな快適性の違いがありそうです。

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ゲートからゲートで35分なので、離陸から着陸までは20分程度しかありません。当然機内サービスなどあるわけも無く、やったことと言えば機内誌のルートマップチェックくらい。

さすがフランスのフラッグキャリアなだけあり、旧植民地が数多くある西アフリカでは10拠点以上に就航しています。西アフリカで最も存在感のある航空会社と言っても過言では無いでしょう。

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コナクリ空港到着後も、入国審査、税関共に賄賂要求は無し。到着が夜遅いので少し心配だったのですが、ターミナルを出て通路沿いに少し歩いた先(下の看板の"Meeting point"の場所)でホテルのピックアップともスムーズに合流でき、無事空港を後にすることが出来ました。

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6~7日目:フリータウン滞在 (2) タクガマ・チンパンジー保護区

フリータウン2日目の午後は、市街地から離れた山の中にあるタクガマ・チンパンジー保護区(Tacugama Chimpanzee Sanctuary)へ。コンゴタウン地区にある宿からは貸切タクシーで所要時間45分、運賃は80,000レオン(=約900円)でした。

ただし、最後の数百メートルは道の勾配がキツく4WDで無い普通のタクシーは登れないので、その手前まで。

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最後の区間は5分ほど歩いて登ります。

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到着。正確な標高はわかりませんが、それなりに山を登ってきたのでフリータウン市街地に比べると随分涼しく過ごしやすい気温です。

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このチンパンジー保護区には、観光客が泊まれるエコロッジも6棟建てられています。今日はここに1泊するのでまずはチェックイン。

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今回泊まるのは"BRUNO"という名前のついたロッジです。6棟それぞれが少しずつ離れて建っているので、どこに泊まっても自然に囲まれた静かな環境が保証されています。

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部屋は蚊帳付きのベッドが1台と、トイレ、水シャワーという設備。冷房はありませんが、前述の通りこのエリアは気温も随分涼しく過ごしやすいので問題無し。むしろ朝晩は半袖のみだと少し寒いほどでした。1泊900,000レオン(=約10,000円)と安くはありませんが、フリータウンに滞在するならぜひ1泊はしたい場所です。

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こちらが宿泊者用の食堂。朝食・昼食・夕食はそれぞれ前日までの事前予約制で、好きな時刻を指定してここで食べることになります。

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このチンパンジー保護区では、1日に2回(午前と午後)、訪問客向けのツアーを実施しています。通常は参加費150,000レオン(=約1,700円)ですが、エコロッジの宿泊客は無料です。私も午後のツアーに参加しました。

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ツアーは1時間ほど。まずはチンパンジーの生態の説明から始まります。チンパンジーはサルではなくGreat Apes(ヒト科)に属する生物であること、遺伝子のうち98.6%は人間と類似していること、多種多様な道具を使うこと等、一般的な"サル"とは違うということに力点を置いた説明でした。

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保護区に運ばれてきたチンパンジーがまず収容される検疫エリア。保護区に運び込まれるチンパンジーの大半は人間がペットとして飼っていたものだそうですが、病気が保護区内の他のチンパンジーに広がるのを防ぐため、最低でも3ヶ月はこの検疫エリアで過ごします。

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その後は、チンパンジーの年齢、性別、性格等を考慮して、それぞれ仕切られた区画で他のチンパンジーと集団生活を送ります。

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将来的には野生に戻すため、エサを自力で探すための細い穴など工夫が凝らされた仕掛けが用意されていました。以前インドネシアで訪れたオランウータン保護施設でも同じような取り組みが為されていた気がします。

相手の毛づくろいをして寛ぐチンパンジー。人間と同じく集団生活をするチンパンジーにとって、集団内での円滑なコミュニケーションも人間と同じように重要なのです。

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表情が豊かなのも人間と同じ。ここで働くスタッフ達であれば、表情と声音でチンパンジーが何を言いたいかはだいたい把握出来るとのことでした。

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群れの和を乱すような乱暴な行動をするチンパンジーが現れた際の隔離小屋。この日も1頭がこの小屋に入れられていましたが、人間の姿を見るとこれでもかと言うほどの大声で威嚇をしてきました。

チンパンジーは1頭で人間5人分の力があるということなので、彼らに襲われたら人間はひとたまりもありません。この保護区に連れてこられる元々ペットだったチンパンジーも、飼い始めの小さい頃は愛らしかったものの成長するにつれて手に負えなくなったというケースが多いそうです。

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このチンパンジー、名前は失念しましたが、かつてシエラレオネ現大統領にペットとして飼われていたのだそう。つい最近まで、シエラレオネではチンパンジーをペットとして飼うのがごく普通だっだそうです。(現在では違法になっています。)

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また、西アフリカでは伝統的にチンパンジーを食べる風習があるそう。チンパンジーの狩猟ももちろん現在は違法ですが、やはり密猟は現在でも続いているそうです。

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そうした文化・風習を変えるには子供への教育が重要。地元の小学生の団体訪問を受け入れ、正しい知識を教え込むのもこの施設な大事な役割の一つなのでした。

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夕飯はチキンとアフリカ風のシチュー。ここでの食事は今回の西アフリカ旅行の中でも、一・二を争うほどの美味しいものでした。

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虫の音とチンパンジーの咆哮を聴きながら心地よい一晩を過ごした翌日は、保護区周辺をトレッキング。まずは保護区の裏にあるダム湖に出て、その奥に見えるガボン山(Mount Gabon)を目指します。

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保護区内のトレイルは1人で歩くことは禁止されているため、ジーンズ履きのガイドと一緒に。道のりはそれなりの急登が多く、登りがいのあるコースです。

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巨大な蟻塚。

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途中、レンジャー訓練所の横も通ります。保護区の周辺でもチンパンジーやその他野生動物の密猟を行う現地住民が絶えないため、ここでトレーニングを積んだレンジャーが日々周辺をパトロールしているのだそうです。

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45分ほどで山頂に到着。山頂と言っても、木が生い茂っており眺望はほとんどありませんでした。

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唯一見えたのはこの程度。手前側は保護区のため開発が禁止されており森林が護られていますが、奥側は10年前までは同様に森林に覆われていたものの、人口爆発による都市の拡大で今やこのような風景になってしまったとのことでした。

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ロッジに戻りランチを終えたらここでの滞在も終わり。最後に、レセプションでアレンジしたタクシーが来ないというハプニングがありましたが、偶然他の観光客を連れて来て下ろしたばかりのタクシーに遭遇し、それを捕まえて無事フリータウンへと戻ることが出来ました。

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5~6日目:フリータウン滞在 (1) 市内観光

フリータウンに到着した日は、午後にラムリービーチ(Lumley Beach)へ。

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市街地の西側に、全長4kmに連なる広いビーチ。フリータウン市民の憩いの場なのでしょう。シエラレオネを舞台としたハリウッド映画『ブラッド・ダイヤモンド』で出てくる海辺のバーも、多分ここがモデルだと思われます。

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ただし、砂浜にゴミが散乱しているのは残念。フリータウン半島の南部にはここよりも美しい秘境ビーチがいくつもあるらしいので、本格的にビーチを楽しみたいのであればそちらに行くのがベターでしょう。

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ビーチの向かいには中国人経営のホテル兼カジノも。やはりアフリカでの中国人のプレゼンスは目を見張るものがあります。

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続いて半島の先端部にある灯台へ。ここまでの道は標識も無くわかりづらいですが、Google Mapを頼りにたどり着きました。

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特に何があるわけでもありませんが、ラムリービーチに比べて人も少なく、海で漁をする漁師を眺めたりしながらゆっくりするには最適の場所。

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町中で見かけた壁画。こういう汚職撲滅系の看板があるのは、日常的に汚職があることの裏返しでしょう。

Individual gain but the country loses、というのも正にその通りで、賄賂要求等の日常的な腐敗によって、旅行者によるシエラレオネの印象が悪くなっているのは間違いないと思います。

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路上で見かけた通信会社の広告。携帯のデータ通信料金ですが、単位の小ささに驚き。12MBなんてスマホであれば一瞬で無くなってしまうレベルですが、まだ大多数が旧型の携帯電話を使っているシエラレオネにおいては、この程度で済んでしまう通信量なのでしょうか。

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この日は大晦日。宿の近くにあるスタジアムではコンサートでもやっているのか深夜まで大音量でしたが、さすがに夜のフリータウンを出歩くのは怖いので、1人で部屋で年越し。お供はローカルビールSTARでした。

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翌日の元旦は、トゥクトゥクに乗ってダウンタウンへ。

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その中心にあるのが、このコットンツリー(Cotton Tree)という大木。1787年にイギリスからの解放奴隷が上陸した際にこの木陰で身を休めたという、シエラレオネの歴史においては大きな意味を持つ木です。10年以上続いた内戦をも無事生き延びています。

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遠くから見ると立派で美しいですが、近づいてみると周囲は鳥のフンだらけ。ちょうど良い住処なのでしょうが、この下を歩くときは頭上に要注意です。

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内戦時に荒廃し尽くしたと言われる中心部も、今や平和そのもの。元旦の朝ということで人通りも少なめです。

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起伏の多いフリータウンでは、このように斜面に沿って家屋が並び立ちます。この谷底のあたりは少しスラムっぽい様相。全裸の男性がフラフラと歩いていたり、あまり近寄りたく無い雰囲気を醸し出していました。

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昼前に宿に戻りチェックアウト。そのままタクシーを手配してもらい、フリータウン半島の山間部にあるチンパンジー保護施設へと向かいます。