Out of Office 旅に出よう

とあるサラリーマンの週末旅行記録

8日目:ダカール町歩き (2)

早いものでもう西アフリカ最終日。最後の日はダカールの南に浮かぶ奴隷貿易で悪名高かった島、ゴレ島へ行くことにしました。

まずは路線バスでダカールの中心であるプラトー地区へ。宿のあるアミティ地区と違い人が多く活気のあるエリアです。

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歩いていると、急に現代的な鉄道のイメージ図が。

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何かと思ったら、現在建設中の鉄道路線のターミナル駅でした。駅舎はほぼ完成しているように見えます。

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ダカール市内から郊外に建設中の新空港までを結ぶ路線。2019年開業予定とのことですが、どうなることやら。

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鉄道駅舎のすぐ向かいが港。ゴレ島行きの船もこのフェリーターミナルから出発します。

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2010年に完成した新ターミナル。これも昨日訪れたあの銅像と同じく、独立50周年の記念事業だったのでしょう。

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ゴレ島への船は1時間〜2時間に1本の間隔で運航しています。出発時間に合わせてターミナルのドアが開くと乗客が一気に押し寄せて混乱状態になりますが、アフリカなので仕方ありません。

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ターミナル内に無事入って乗船を待っていると、現地の学生と思われる集団が登場。お揃いの制服を着て、きちんと整列も出来ています。ゴレ島はセネガルの学生にとっては社会科見学の定番スポットのようでした。

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フェリーに乗船してからも、続々とやってきます。結局、乗客の半数以上が学生の賑やかな旅となりました。

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出発して港を出るとすぐ、ゴレ島が右前方に現れます。

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隙間なく建物が張り付いていて、遠目にみると島全体が要塞のよう。

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出発から30分で到着。早速歩き始めます。

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波止場沿いに並ぶ食堂・土産物屋を通り抜けて、島の奥へ。

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ここにも日本のODAが。それに加え、三菱商事も何か関わっていたようです。さすが天下の三菱商事

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民芸品市場があったりと、前日に訪れたンゴール島に比べて島全体が観光地化されています。

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これはバオバブの木でしょうか。マダガスカルが懐かしく思い出されますが、意外とアフリカ全土でよく見かける気が。

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バオバブ並木の坂を登ると小高い丘の上に出ました。遠くにダカール市街を臨みます。

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海沿いは断崖絶壁。当然柵はないので要注意です。

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この丘は見晴らしがいいので、かつては軍事拠点として利用されていたのでしょう。その時の名残りが見受けられます。今は住居として利用されているような様子も。

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今回の旅行ではほとんど見かけませんでしたが、意外と日本人旅行客も来るのでしょうか。外国でこういうのを見かけると悪い気はしません。

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丘から見下ろすゴレ島。ンゴール島に負けず劣らず小さな島です。

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丘を降りて、島をぐるっと歩いています。海岸沿いにはアート作品。

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中心部を離れると廃墟になった建物もちらほら。哀愁を誘う光景です。

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また三菱商事が。2016年2月とかなり新しいプレートです。

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島の南端にある丘から北端まで歩いて15分ほどで着く距離です。北端にあるのは砦。

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規模は小さいですが、プエルトリコのサンフアンにあるモーロ要塞を彷彿とさせる造り。文化の影響圏について改めて考えさせられます。

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島全体にアザーンが鳴り響くと礼拝の時間。警備員もその場で礼拝を始めます。ダカールの街を歩いているとあまり意識しませんが、セネガルも立派なイスラム国家です。

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続いて、この島一番の見所である奴隷の家へ。ガイドブックによると12:00~14:30は昼休みとのことなので、昼休み明けを狙って14:30過ぎに行きました。ですが、扉が閉まっています。

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よくみると小さい文字で金曜午後は15:00から・月曜は全日休みと書いてありました。金曜はイスラム教の休日ですから、礼拝等が関係しているのかもしれません。月曜でないだけ良かったと思うことにします。

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30分時間が空いたので、奴隷の家の周辺をぶらぶら。すぐ隣には奴隷貿易の記憶を残すための像がありました。

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この像、子供達の記念撮影の定番スポットになっています。専属のカメラマンまでついて、まさに日本の小学校の遠足と何ら変わりありません。

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少し経って奴隷の家に戻るとすでに行列が。

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アフリカらしからず、15時ぴったりにオープンしました。

この奴隷の家は、奴隷貿易最盛期に奴隷商人の邸宅として使われており、1階部分が新大陸への"出荷"の船を待つ奴隷用のスペース、2階部分が使用者の居住区です。

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奴隷用のスペースは細かく区分けがされていますが、どの区画も窓のない薄暗い小部屋というのは共通しています。こちらは女性用。他に男性用、子供用に加え、反乱者用の牢もありました。

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 1階の裏側にあるのは、"Door of No Return"。日本語にすると「帰らずの扉」といったところ。奴隷達はここの扉を通って船に乗せられ、2度とアフリカの地に戻ってくることはなかったことから名付けられています。残酷な歴史を直視するための場所です。

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2階に上がると、使用者側の居住区だけあって欧米風の造り。

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少しすると語り部が登場し、何か話し始めました。フランス語なので理解できませんでしたが、他の観光客が静かに聞き入っているところを見ると、この場所で起こった悲劇についてを話しているのでしょう。

実のところ、ここが奴隷貿易でどの程度重要な役割を果たしたのかについては諸説ありはっきりしていないようですが、少なくともセネガル当局による"見せ方"はうまくいっています。 

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その後はお土産屋を冷やかしてからダカールへ戻ります。船で30分と距離も近く、数時間で見て回れる程度の規模の島で、ダカールからのデイトリップとしては最適な行き先でした。

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まだ空港に行くには早いので、少しプラトー地区をぶらぶら。

独立広場です。高層ビルが立ち並ぶ風景はギニアビサウガンビアでは見られませんでした。やはり経済的に周辺国より進んでいることは確かです。

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スーパーもあります。見覚えのあるスペイン資本。

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入り口にはフランス語と現地語(多分ウォロフ語)の表記。セネガルでも現地人の会話はほぼ現地語である一方、看板等の活字はフランス語が大半なので、文字としての現地語は新鮮です。

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国民のうちキリスト教徒は7%程度ですが、首都ということもあり大きい教会もあります。

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さすがにヨーロッパに比べると質素な造りという印象は否めません。

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教会といえばステンドグラス。この人物の肌が少し黒い気がするのですが、アフリカでは聖人も黒人として描かれるのでしょうか。

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フライトの時間も近づいてきたので宿へ戻ることに。夕方の帰宅ラッシュと重なり、プラトー地区から郊外へ向かうバスは超満員でした。さすが大都市と思わせる一面です。

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宿で荷物をピックアップして、タクシーで空港へ。西アフリカ3カ国の旅もあっという間に終わり、あとは帰国の途につくだけです。